日記

スイスイと・・・

娘が自転車の補助輪を外して練習をはじめたのが9月のコト…最初はペダルを3回こぐのも大変だったのに…1ヶ月が経ったきのう、30分ほどの道のりをスイスイとこいで出かけた。もう、この子には、ママチャリの補助イスが必要ないのか…と思うと…父ちゃん寂しい。

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舞台『テレビが一番つまらなくなる日』 DVD上映会(アフタートーク付き)決行します!

91z3weszmgl_sl1500_ 参院選の投開票日前日 7/9(土)19:00〜21:30(*開場18:30)
舞台『テレビが一番つまらなくなる日』
DVD上映会(アフタートーク付き)決行します!
場所は…中目黒のイタリアン&バー「音色(Neiroo)」。
会場のキャパの関係で25名限定のイベントになる見込みです。
完売が見込まれるため、ご予約はお早めに!
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『テレビが一番つまらなくなる日』とは?
選挙特番の放送を目前に控えたテレビ局のスタジオ・セット裏を舞台にスタッフ、候補者、政治評論家が繰り広げるノンストップ・ワンシチューエーション・コメディ!

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アフタートークにはNPO法人8bitnews主宰でジャーナリストの堀潤さんをゲストにお迎えして、テレビ局の選挙特番の舞台裏についてお話いただきます。これを見て、堀さんのお話を聞くと、翌日夜8時からスタートするテレビ各局の選挙特番が俄然、たのしみになる! そんなイベントです。参加費は1000円(ワンドリンク付き)。会場がイタリアン&バーなのでアルコールはもちろん、別途料金でワンコイン小皿料理もご用意! 18歳、19歳の方はソフトドリンクでね!

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期日前投票してからイベントに参加するもよし!イベントに参加してから投票所へ行くもよし! みなさんのご参加お待ちしています!
(注)
DVDをプロジェクターでスクリーンに映すタイプの上映会です。
役者が生で演じる舞台公演ではございませんのであらかじめご了承下さい。
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2013年上演時、選挙プランナーの松田馨さんと対談させていただいた記事はコチラ
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舞台『テレビが一番つまらなくなる日』DVD上映会
日時:7/9(土)19:00〜21:30
場所:中目黒イタリアン&バー「音色(Neiroo)」
   東急東横線・日比谷線「中目黒駅」から徒歩4分
   東京都目黒区上目黒1-4-2 惣秀ビル 2F
チケット代:1000円(ワンドリンク付き)
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ご予約受付方法:
info@tokyofestival.com まで「イベント予約希望」とタイトルに書いてメールでご連絡ください。残席状況を確認のうえ、お席がご用意できるか否か…お返事を差し上げます。
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イベント内容:DVD上映会、ジャーナリスト堀潤さんをお迎えしてのアフタートーク、小皿料理のご用意もあります(キャッシュオン制)
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【キャスト】
朝倉伸二
飯田基祐
鈴木健介
菊池均也
荒木健太朗
土屋史子
矢代朝子
俵木藤汰
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【作・演出】
きたむらけんじ

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鵜飼

先週末、岐阜県・長良川で「鵜飼」を見てきました。古事記に記されていることを最古として1300年以上続く、夏の風物詩。あの織田信長も客人を招いて楽しんでいた伝統のエンタテイメント。
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全国に12カ所で行なわれている鵜飼で、長良川の鵜匠さんだけは世襲制で宮内省式部職鵜匠を名乗っている。つまり国家公務員。毎年、各国の駐日大使を招いて接待鵜飼も行なわれているそう。
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松ヤニを豊富に含んだ赤松の篝火は川底まで届き、鵜が鮎を捕まえるのをサポートする。1300年以上前の姿で、その場にいる鵜匠をウインドブレイカーを着て見ている不思議。
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さて…僕ら演劇人が作るエンタメは1300年も受け継がれるだろうか。普通に考えて無理な話しではあるけれど、そのくらいの普遍性を備えたものにしたいと、あらためて思った岐阜の旅だった。

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リップヴァンウィンクルの花嫁

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岩井俊二監督の最新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』試写会へ行ってきました!
しあわせを掴んだはずなのに…ふとしたキッカケでつまづき…不思議の国のアリスのように転落していく物語。
おとなしい主人公、学校、水槽、母親、SNS、漫画から名前を引用などなど…おなじみのモチーフを織り込みながら3時間岩井ワールドのダークサイドファンタジーに浸る贅沢な体験。
3/26(土)公開 オススメです!

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あの日の「現在地」

いま僕たちは歴史の風化を目の当たりにしていますね。混乱から日常を取り戻せる人がそうなっていくことは自然な流れ。そのなかで震災が刻んだ傷跡が癒えないままきょうを迎えた人もいる。あの日の「現在地」を忘れずに、あの日から何が変わって、どんな闇がこの社会に内包されたのかを意識したい。

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人前でお話させてもらうことが少し増えた2015年でした…

あと3日で2015年も終わりますね。ということで例年に比べて今年の特色は何だっただろう?と思い返してみると…人前でお話する機会がちょっと増えたなと。おもな登壇歴は以下の通り。この他、2016年4月の北海道公演に向けて道内の演劇鑑賞会のみなさんに向けてお話させていただく機会もありました。そういえば…舞台『無心』について沖縄タイムスさんに取材していただいた件…いつ記事になるんだろう? もうなったのかな? おかげでマイクを握ってお話することに緊張しなくなったかも(?)

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2月19日(木)
荻窪のブックカフェ『6次元』エッセイ漫画『0円で空き家をもらって東京脱出!』の著者つるけんたろうさんとのトークライブ
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漫画のタイトル通り0円で広島・尾道に一軒家を手に入れたつるさんと一緒に地方移住の可能性についてお話しました。
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(*画像:六次元の店主/ナカムラクニオさんのTwitterから)
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3月25日(水)
東京大学で講演しちゃった♡東京大学ブランドデザインスタジオ「投票をかっこよくする100のアイデア」若い人たちがもっと選挙へ行くようにするためにはどうしたらいいのか?というテーマで全国から集まった大学生のみなさんを前にトーク。舞台『テレビが一番つまらなくなる日』や総務省のイベント構成などがご縁で呼んでいただきました。
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(*画像:ご一緒した原田謙介さんのTwitterから)
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11月14日(土)
超福祉展(@渋谷ヒカリエ)
舞台『幸福な職場』をキッカケにシンポジウムへの参加をお誘いいただき多様性の大切さについてお話させてもらいました。
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(*画像:シンポジウムを聞いてくださった秋本可愛さんのTwitterから)
秋本さんの感想が綴られたブログ⇒http://ameblo.jp/akmtka1222/entry-12095710194.html
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お話を聞いてくれた方にとって、ひとことでも参考になったり「へぇ」と思っていただけたらと臨みましたが…はたして、どうだったのか?
こうした機会をいただけるのは劇団という発信装置を持つ者にとって、とてもありがたいことです。芝居という形以外でメッセージを伝えることができるのですから…。
ただし、こうした機会が得られるのも本業が認められてこそのコト。
今後もこうした機会をいただけるように2016年も精進して参ります。
みなさま…ご指導ください。

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スポーツ庁が本来やるべきこととは…?

スポーツ庁設置についてスポーツライターの小川勝さんの提言は示唆に富み興味深かった。 「メダル大国を目指すのではなくスポーツ大国を目指すべき!」そのために①各種競技の安全性向上に関与する(=指導者の育成。安全な競技環境の整備)②部活動体制の改革(=1つの部活だけでなく複数の部活を行えるようにする。年に複数回大会がある現状を疑問視)

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いま報奨金の評価基準が全競技同士での相対評価になっている。つまりメダルを獲れば報奨金が出る。でも例えば、日本人が陸上100m走決勝に進出したら、それは他の競技のメダルに匹敵する。つまり競技ごとの絶対評価に応じて報奨金を出す体制を!
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マイナー競技の日本代表になると選手が遠征費を自己負担している。いっぽう、メジャー競技には、強化費用が出ている。そのうえCM契約や企業スポンサーが付く。せめて日本代表としての遠征費を国が負担してあげるだけで、競技人口増加につながりスポーツの裾野が広がる。

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祝・日本トイレ研究所 30周年

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日本トイレ研究の代表 加藤篤さんには何度も番組に出演いただきました。でも、加藤さんの出演を番組会議で企画提案するたびに出席者から失笑が聞かれるのです(会場・笑)。これはいけないと…すかさず日本トイレ研究所の活動実績を説明すると、なるほど確かに大切な活動だ…と理解されて出演が決まるというのが毎回のコトです。こんな説明がいらないくらいにトイレや排泄の話が大切なことなんだと大人たちが理解する世の中にしたいですよね。そういう意識を持った大人に育てられた子どもが増えればさらに世の中は良い方向へ変わるんじゃないかと思うんです。

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日本トイレ研究所は今年で創設30周年を迎えました。30年前、ぼくは12歳でした。その頃、大きいほうをしようと思ったら美術室や理科室がある…まあ、つまり…人けのない場所まで遠征して用をたしていました(会場・笑)。たぶん、いまの児童、生徒も大便に関しては同じ状況ではないでしょうか?
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30年前、日本トイレ研究所は「トイレをタブーにしない!」というスローガンを掲げて設立されたと先ほどお話がありましたね。でも、いまだにトイレや排泄はタブーであることに変わりありません。ぼくは思うんですが…トイレ、排泄がもっとおごそかな儀式のようにならないかと(会場・笑)。失笑したり、イジメのキッカケになるようなタブーではなく、厳かな儀式だから「ああ、あいつはトイレという厳かな儀式へ出かけるのだ…これは邪魔してはいけないな」…そんな世の中になったら、新たなトイレレガシーの誕生だと思うのです。その実現のために、微力ながら力を尽くしたいと思っています。
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フォーラム後、立食パーティーが催され、抽選で何人かがマイクを渡され挨拶することになった。まさか、自分が指名されると思っていなかったが…まあ、咄嗟に浮かんだ割にはそれなりに話せたので…帰りの電車で思い出して備忘録として残しておこうと思う。
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フォーラムは立食パーティーがメインではなく…約2時間 活動報告やトイレ・排泄に関する講義などで構成されていました。
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障害者の方と一緒に都内のトイレをめぐる「東京トイレさんぽ」。障害者用トイレの手すりは何のために使うのか? 実演VTRが紹介されたり…視覚障害者のうち点字識字率は10%程度なので必ずしも情報が伝わっていない現実…盲導犬のため床が濡れていないか素手でチェックしてから用をたすなど…色々勉強になる…でも和気あいあいとたのしい会でした。
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【視覚障害者をめぐる状況】(出典:厚生労働省)
視覚障害者 305,800人(全人口の0.24%)
点字識字率 10.6パーセント
*人数・点字識字率は 「平成13年身体障害児・者分実態調査結果報告」に基づく

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ほほえましい青春の1シーン

昼めしに入ったとんかつ屋にて・・・
制服姿の男子高校生が数名来店。
「ここ何が美味いの?」「え?カツだよカツ!」「あぁオレ、ビックカツにしようかなぁ」などなど…くつろいだ様子で注文を終えて雑談タイム。

と突然、ひとりの生徒が起立!
何事か?と見上げる他の生徒たちも、起立した生徒の視線を追って一斉に起立!

入り口近くのテーブルに先生がいることに気がついたのだ。先生も人が悪い…生徒が気がつくまで声をかけず、鋭い視線を送っていたのだ(笑)

先生「おまえらいいのか?制服姿で店に入って」
生徒「・・・」
ポジション的にあいだに挟まれた格好になったボクは、そのシチュエーションに大笑い。「こりゃおごってもらうしかないね」と言ったら・・・
生徒がポツリと「ごちそうさまです」
先生「お前らが(オレの分)金出しとけ」

注文もしていることだし…
なんとなく雰囲気的におとがめなしになって、生徒たちも着席するのだけど…さっきまでのくつろいだ雰囲気は吹き飛び…小声で会話する生徒たち。

青春だね!

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1995年

恥ずかしながら、当時、ボクの人生観はまったく変わらなかった。
あのとき、大阪・吹田市にある大学の3回生だった。
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1/16(月)はバイト先の新年会で深夜まで飲んだくれて
フラフラの状態で四畳半の大学寮に帰って爆睡していた。
1/17(火)朝5時46分
ドえらい揺れに襲われて、さすがに目が覚める。
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「なんや、えらい揺れてるやんか」
そんな程度ではあったけど・・・。
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本棚の本が…(噓)…漫画本が全部棚からこぼれ落ち…
大学の美術部だったボクの部屋には描きかけの100号のキャンパスがあったのだけど…それも倒れて来て「うわっ!ぶつかる!」と思ったけど、狭い部屋だったから本棚に引っかかって…ちょうど三角形の空間が出来て何事も無かった。
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しばらくすると揺れがおさまった。
地震には慣れっこな日本人で泥酔の馬鹿野郎は、そのまま二度寝を決めた。ところが数時間後、電話のベルで起こされた。
「もう、なんやねん!」
まだ二日酔いが残っているボクは渋々受話器を取った。愛知県に住む母だった。「大丈夫なの?」随分と深刻な口調だった。「大丈夫って…なにが?」「なにがって…ずっと電話が繋がらなかったから」…どういうことや? はじめて事態の異常さを察する。「テレビ観てないの?」言われてすぐにテレビを付けた。たしかに…えらいことになっていた。
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大学寮は3棟並んでいたのだが、一番古い棟の下水管が破裂して天井から汚水が漏れていた。
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当時、美術部では定期展を開催中で、もしや展示作品が被害を受けているかもしれない!? 部長だったボクは自転車に乗って茨城駅構内にある展示スペースに向かった。道中、倒壊したブロック塀などを観て、被害の大きさを実感する。
幸いなことに展示会場の作品は特段被害を受けていなかった。
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さてと…あとオレがやらないかんことは??? そや!神戸や加古川から通って来る部員は来られへんぞ!当時、携帯電話なんて普及していなかったから、部室に待機して連絡を取り合った。所属部員の無事、神戸以西の部員が通学できないことを確認する。
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ボクのバイトはローソンの深夜スタッフだった。
こういう緊急災害時、被災地周辺の(つまり無事な)店舗に対して
集中的に支援物資用の商品が大量投入される。
「こんな水ばっかり、誰が買うねん」
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そう思って入荷作業をしている先から、車を路肩に停めたおっちゃんが次々と来店してくる。「水、あるだけちょうだい!」。
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震災当日から道路は緊急車両の通行に限られた。
私的に支援物資を届けようという人は六甲山をのぼり、目的地の近くで降りて向かうという迂回ルートしか無かった。
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部費だったか…部員たちによるカンパだったか覚えていないが…被災地どまんなかに住む部員に対して水などの支援品をもって向かうことになった。派遣したのは1回生、2回生だった。
自分自身、現場に行くのに気が引けたという想いがあったように思う。ズルいヤツだまったく。。。
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神戸の高校を卒業した身だから、現場を観に行く理由はあったように思うが・・・当時のボクは「野次馬はやったらアカン」と思っていた。道路が開通し、JRや阪神電車が復旧しても行かなかった。行ったらアカンと思っていた。1年は過ぎたと思う。神戸に用事が出来てはじめて神戸行きの電車に乗って息をのんだ。車窓に映る民家の瓦屋根にはブルーシートがかけられたままだった。レンガ積みの歴史ある阪急三宮の駅舎は壊れ、馴染みのビルのいくつかが無くなっていた。
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そんな経験をしたけれど…ボクの人生観はこれっぽっちも変わらなかった。東日本大震災では確実に人生観が変わったという想いがある。つまり、20年前のボクは変わるほどの人生観を持ち合わせていなかったのだ。ただただ、目の前にある現象に対処するだけの薄っぺらいヤツだった。
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1995年に生まれた子どもが20歳。もう、阪神淡路は歴史の出来事のひとつだ。ボクは自分の子どもたちに、阪神淡路を…そして東日本をどうやって伝えたらいいのだろう。

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